輝かしい連勤週間

 GW:Golden Work

 夜に弘前来て、次の日の夕方に帰れば間に合うね。その次の日にはほぼ必ず仕事あるしね。

 ということで桜見て元気出して帰ります。
 あと、ネット繋がるのが5月の23日になるみたいなので、それまではFFも色々もお預けされながら、とにかくは手に職就くように(辞めても困らないように)、気合い入れて働きたいと思います。

 ピタゴラスイッチ見ながら元気出すのだよ。

4月日記まとめ上げ

4月7日
越してきた土地のツタヤに『ミカるんX』が全巻揃えられていたので一括で購入した。のが一週間ほど前の話。新人研修最終日の夜に同期の友達と二人で打ち上げ、午前様で帰宅して風呂から上がった後、やっとの事で一気見した。まぁ感涙したんですけどね。


卒業して、4月になってから、ジワジワと感じていたことがある。
もうこれから誰も護ってくれない。
子供の定義は、テレビで福山雅春が歌っているように「大人にはなれないが、大人になってもときめくだけで戻れるもの」で良いと思う。でも、大人の定義は多岐に渡っていい。定義しきれないのだから。
学生時代は護られていた。私の場合このシェルターの壁は厚く厚く、しかも不透明だった。ぼんやりと透けて見える外界を、これまたぼんやりと想像することで悦に入っていた。地球と宇宙みたいな感じ。
宇宙には同じような星があるし、廃れた星もあるだろうし、ブラックホール、塵芥、そういうのがあの空間で野晒しにされている。そして大きな光に反射して数々の星が瞬く中で、数々の星が輝きを失っていく。


地球というのは広大で、狭い。
宇宙は無限で、手に負えない。


「これからの皆さんは人を信じてはいけません」と、研修終了間際に上司が言った。
そうか、それが最短で最小限の自己防衛か。と思ったのと同時に、これまで「裏切り」に出会うことの無かった自分に気がついた。悔しかった思い出を挙げても、自分が出来なかった事ばかりだ。他人に擦り付けたくなるような苦い記憶がない。
裏を返せば、他人を信じきって無かったって事なのか、どうなのか。


目隠ししていたままでは、見えない暗闇を怖がっているだけの臆病者だ。


ミカるんXおもしれーっていう、感想でした。



4月9日
初対面は褒めまくる。同意しまくる。相手は相手に同意できるという魔法をかけておく。
それが円滑な人間関係を作る礎となるのだろう。


という疑りをする。勘ぐりをする。見透かしてやろう、と汚い意地が自分に見える。
どっちもどっちだ。



教育者よりも教育者らしい教育を心がけてくれる。こういう口火の切り方をしていたら、恐らく自分も同じ教え方しかできなくなる。そういう人に出会うのは、二回目だ。
それで良いのだろう。人に優しく出来る人は、人に厳しくしてきた人だ。それは他人か自分か、そのどちらにせよ、どこかに反省がある。


さて、仕事の段取り、というのを机上の空論よろしく作業中の雑談で覚えてきた。
大事なのは流れだ。一日の流れ、一週間の流れ、一月の流れ。それが即ち目安になる。目標達成のためには作業を効率よく行わなければならない。
今は自分に出来ることは作業を覚えることだ。


やりたい仕事と違う仕事についてしまったが、全く違うように見えて、実は同じものではないだろうか。
あ、いや、大きなものは全然違うけど、流れ、というか、携っていることの本質的な所、同じな気がする。自分のポジションというものは歯車ではない。全体を見て、その流れを作り出していくことだ。しかし、今はその身分ではないために、上司を辞書のように頼って、自力を身につけることなく、歯車になり下がってしまうこともできる。


あまりにも目的の低い人間にはなりたくないし、なった所で死んでしまう。私は楽しく生きたい。生きて、楽しく暮らして死にたい。


見えなかった所で、交差して繋がった。やりたいことがあるのでも、直進できなければ迂回してたどり着けばいい。下積みという意味が分かりかけてきた。大事なことが何か、何か。


この一年は飛躍する。
縁井はまだまだ進化します。



4月21日
ほら気が付きゃ一週間以上も更新してねぇだろ?
何だかんだ言ってもそれだけ集中してたって事だよ。仕事にさ。
言いたかねぇけど。


ちょこっとずつですが仕事と、作業というものを覚えてきました。いやぁこれが結構大変で、しかも覚えるというよりはコツを掴んで慣れでして、この二つがどうにもならない事にはよく切れる包丁握ってるだけの若者になってしまうのです。
んで、それが難しい。「肉を捌く」って行為の、まぁ尊さってか必然さみたいなもんは心では分かっているつもりなのですが、何かを頭で理解しているつもりでも手は動いてくれない。血管の場所、サシの入り方、スジの挿し方、“め”の流れ、整形するために刃をどう入れるか。加えて、肉を見て産地、部位。これらを理解しなきゃいけない。


情報量が明らかに過多で、住む土地も今までとは全くと言って良いほど色が違うし、当然言葉も違って人も違う。ストレス過多にもなってきている中で、頭の中身が常に一杯一杯で揺さぶられる。
仕事ってこんなもんか。


個人的に、上司の教え方には満足してます。それに応えなければと奮闘する日々です。
結果よりは過程の中で評価されていく。それが楽しい。怒られたら凹むし、ネガティブにもなりますけど、それでも後押ししてくれるし、元より上司は自分の仕事と並行しながら、私を教育することを目標に設定している。嬉しい事だよね。


こんなにも孤独感に煽られて、惨めにもなっている中で、誰かからのでも“信じられている”感覚は、発言者の真意がどうであれ自分を起たせてくれるから、頑張ろうと思えるんです。


まぁ、発言が会社の人だったら社蓄になるし、そうでなければ自律になるでしょ。
誰の為でもない、自分の生活のために働いてるんだから、趣味と同じくらい仕事に打ち込んで生きてくってのは理想。それが本当に自分を活かしたいフィールドでいてくれたら尚のこと。


兎にも角にも仕事が楽しくなってきているんだから、この心を忘れないようにしようと思っています。
いつ夢の職に就いても良いように、今の辛さを覚えておきたいんです。

ディスコミュニケーション その2
 笑顔を、怖い、と思うようになって結構な時が経つ。
 何かを許してる、認めている表情ではなくて、我慢している、凌ごうとしている、そういう裏を感じてしまう。

 まぁ別になんてことじゃないんですが。

 3月に書ける最後の更新になりそうなので。
 自分の意図せず4年間この街にいることになって、悔んでた頃から4年経って、きっちりと財産と言えるくらいの人と出会って遊んで。大学での人付き合いは、自分の中では一番実りがあってすごく満ち足りたものでした。自分に足りない所を浮き彫りに出来た4年間だし、だからこそ、常々変わり続けていかなければならないと、深く考えたのでした。
 合わせて、この人がいるから出来ること、この人だから安心できること、つまりは他人を頼るという事も少しずつ見えてきた気がします。それは、自分の代わりにやってもらうということだけではなくて、自分には出来ない所を活躍してもらうという、依存と信頼です。そこには自分の活動できる範囲の見極めが必要なのですが、まとめて、勉強をさせてもらいました。

 長かったけど短かった。短い中に多くのことが詰まっていた。でももっと、破裂寸前になるくらい詰め込めたはずで、余ったスペースが後悔になっちゃってる。過ぎた時間は取り返せないから、これからどれだけぎっしり詰め込んでもどうしようもならないんだけど、この後悔を逆に笑えるように、そういう指標として生かしていきたいと思います。

 学生に一旦区切りをつけ、今度は社会人として皆を安心させられるように、少しだけ頑張っていきます。
 今まで私をどうもありがとうございました。
 未だ叶えてない夢あります。夢を叶えるために生きているので、必ずものにして見せます。
 これからもよろしくです。


 そして、目下カードキャプターさくらのDVDを買うことに集中しよう。
どっちの料理SHOW的な感覚に
 去る2月17日〜19日に、市内の展示館を借りて我がサークルがイラスト展示会をしました。最終日は高校の展示会と重なりまして、主にそちらの父兄かな、多くの方々に足を運んでいただき非常に盛況でありました。  んで。  こんなことこうやって書いとく奴もあまりいないだろうから、イラスト展示会の“ウラ”というか参加しなかった側の話をしとこうと思います。  さて、元をたどれば今回のイラスト展示会、何故、学外の展示館をお借りして開いたのか。それは学祭でブースを取れなかったことが発端になります。いつもでしたら学祭でイラスト展示をするのですが、出来なかった。加えて今期学内でのイラスト展示会が少なく、会員の発散機会が中々無かったんです。その時、所縁あってお世話になっているイラストレーターの先輩が学外でのイラスト展示会を提案してくださいました。それで、今回の運びになったわけなんですが。  個人的に度々忘れちゃならないと思うのが参加していない人々で、ここの意見も聞いてこそのサークルだと思うわけですよ。今回学外での展示ということで、いつもよりも厳しいルールが敷かれました。例えば、学内展示の場合期間内であればイラストを自由に張ることが出来るのですが、今回はそのようなことは一切できないため、前日までに上げてしまわなければなりませんでした。まぁ要は、いつもは学生気分でやっていたものが、学外に出たことで「ちゃんと」しなければならなくなり、ハードルが上がってしまった側面があったのです。  目につかない所で正にそのハードルの高さが災いし、更にそれまで展示会自体の機会も少なかったことがあって、参加人数はいつもよりも少なかった。学外の展示はある程度の腕前が無ければ出そうとは思いませんから。その分参加した人たちには色んなメリットがあったと言えるでしょうが、参加しなかった人たちにはプラスもマイナスも無かったため、これは本当にサークルの名前を冠して催す意味があったのだろうか、と疑問に思うこともありました。  参加した人が楽しそうにやるのは当たり前の話で、それをどうやってサークル全体で関わっていけただろうか。絵が苦手な人でも何かしらやれることはあったんじゃないだろうか、そう思うわけです。  取り越し苦労かもしれませんが、これから先、このイベントに関わっていった人たち、関わらなかった人たちでこのサークルが二分されてしまうんじゃないかと心配しています。もしもそうなるとしたら、イラスト展示会を増やしていく、自分の絵を展示する機会を多く作らなければならないと思うわけで、描きたい人は自分が向かっていく、積極的な姿勢を見せなければならなくて、その場を設ける事をも積極的にしていかなければ。
ディスコミュニケーション その1
 あの時本当に生きていたのか、今の自分には実感が湧かない。考えることが多かったはずだが、一度呆けてしまうとすべてを忘れてしまう。それは何だか、今日の自分が必要とされてはいない気がして、部屋から出たくなくなる気持ちと結び付く。  春から私は社会人だ。  夢が夢のまま、この世界は自分のいるべき場所じゃないと首を振りながら、どうしてか仕事をしているはずだ。シャンバラのエドと同じ、地に足をつけることを躊躇っているんだ。  これからずっと、自分が生きていく意味を考えていくんだ。理由をつけなきゃ起き上がれない自分を支えていかなきゃならない。拷問に近い人生に折り合いをつけて、生きていくんだろう。  そうこうして一年が経った。一年は早い。うちの教授なんかはよく言う、「60年なんかあっという間」だと。それはきっと忘れてしまうからだ。色んな事があって、色んな事を考えた「今日」は、明日になれば「昨日」になる。思考がふるいにかけられて、一秒後にはすべて記憶と思い出だ。だから一年前を思い出すと嘘みたいだと思うんだ、あの日何かに一生懸命だった実感はどこかへ行ってしまったから。  でも絶対、夢だけは忘れない。自分がやる事は、誰にも真似出来ないただ一つの事だと思いたいから。
あと2体足りないのを知ってる。多分来月かな?

  最近のバンダイの商売根性には血涙を禁じえない。なんというか、「結局買っちゃう層」をターゲットにするのは如何なものか。というかそういう層が無尽蔵に金持ってると思ってるのか、売り方がキタナイっすよ…。

 ここで取り上げたいのは、ネット通販限定商品を取り扱っている『プレミアムバンダイ』なんですが、商品の多くが、一般市場に出してもそれほど採算の見込めない商品なんです、一応。さらに言うと、マニアックな購買層向けに、重箱の隅を突っつくような商品まで販売している、と。

 先に理解して欲しいのは、本家本元の限定通信販売なので、価格競争がほとんど無いってことですよ。加えて再販はほぼ行われず、逃した商品は必ずと言って良いほど「プレミア価格」で手に入れなければなりません。

 ここら辺は企業努力を怠っていると言っても良いでしょう。供給過多を見越して商品を販売しているって、一小売りの出来ることではありませんし、購買者からみれば悪徳に映っても仕方ありません。


 んで、個人的な話に移ります。

 今現在予約受付中の『ハートキャッチプリキュア』関連の商品が有るんですが、これが高い値段。一つ一つが高い上に、計3つを同時に予約受付開始。しかし、主人公たちの最終形態という、非常にアツいコスチュームだけに是非手にしておきたいため、予約しようとしたのですが、

 なんと、3つをまとめて発送することが出来ません。つまり、送料・代引手数料がそれぞれにかかってしまのですよ!

 これは無いですよ…。泣きそうになりますよ…。どうせ私は「結局買っちゃう層」ですよ…。


 俺がバンダイを支えてやってるんだ!という開き直りもできますがしません空しいので笑

 しかしまぁ、ガンダムの場合は、私の場合何よりもプラモが先に立つので、商売っ気溢れるのは気付かなかったのですが、ストーリーや展開に満足して見ていた作品の商売展開がこういう有様だと、非常に腹立たしいものがありますね。あ、いや、プリキュアシリーズは元々販促アニメだってのも有るんでしょうけど。
 女児向けアニメに必死になるなって声もあるんでしょうけど…。

 

 この年(22)になって、毎週ニチアサを楽しんでるっていうのは、これから先一生逃れられない事なんだと思うんです。
 どうでもいいことなんだけどスーパーマーケットの食玩売り場からミニプラ買っちゃうようになった、「大人のお友達」視点からの愚痴でした。

 開始前は5の焼き直しになるんじゃないかと思っていたスマイルプリキュアも、予想外に好きなノリで見続けられているし、Pと構成がオーズのタッグで不安を煽っていたゴーバスターズも、深みがありそうな謎の散りばめ方になっていて非常に「興味深い」。
 そもそもこの時間帯を意識しだしたのは大学に入ってからで、ガオガイガー終了後と同時にしばらくどうでも良い枠だったし、エウレカセブンに吸われてたりしたので、本当、何の因果か、「シンケン」「ダブル」「ハートキャッチ」、この三つに出会えるほどの余裕があった奇跡。大学生活すげぇ。

 んで、商品が届くころには社会人。社会人すげぇ。
 今のうちから貯蓄減らす行為はやめとこう。

あたり目にたたり目にかわり目によわり目に
 気がつけば三月で、始まっちゃうものが近づいてきて、離れてっちゃうのが多い。ちょっと寂しい。

 今まさに自分の置かれる環境が変わっちまうってのに、ゴーバスターズ見てはワイワイ、笑プリ見てはワイワイ、緊張感が弛んでしまっています。やっとかなきゃいけないものって部屋の外にある気がして、デスクワークを放棄してるんですが、もう早いとこ終わらせなければ。卒論。
会話したい
 話しているのを聞いて、考えてからまとめて話す。自分が思う会話の理想形だ。
 どこかが欠けてしまう時、それは冷静ではないのだろう。いろいろな言葉を分散させてしまう時、会話としては成り立たなくなっている。そうなってしまっては非常に悔しい。
 でも、会話したからといってどうにもならない事もある。建設的にと思って、結局何も建たないで終わってしまう。後に残るのは会話した事実だけだ。


 会話をすると、相手を選んでいる自分が、とてもとてもよく分かる。加えて、考え方の凝り固まってきた自分も発見できる。どうしようもない事実だけが積み重なっていく。だからこそ幾度自分を変えようと、話し方を変えようと、失敗に失敗を重ねていく。それは、どうしようもなく歯痒くて悲しい。

 伝えたいことがあるのだ。
 だから、伝わって欲しい。
 伝わると嬉しい。会話する意味が見出せる気がする。
 自分のため、なのだ。


 形だけの会話も、それとして重要な意味を持つ。まぎれもない経験であり、お互いが何かを共有した証拠だ。但し、捉え方によってはそれ以上にも以下にもならないのだろう。



 誰と話しても五里霧中だ。いつでも非常に難しい。
BLEACHが好きなんですよ
 美少女戦士セーラームーンが好きだ。
 このアニメは、基本的には戦隊物と同じく五人一組で敵に向かっていき、最後は必殺技でケリをつける。毎回毎回、登場人物と怪人を変えてそれをやる。大人びた今では、天丼ともお決まりともいえるその流れを理解しながら見ることができるので、言ってしまえばそれ以外の、登場人物の心情だとか作画や音楽などの別の面で楽しむことができるのだけれど、小さい頃は違った。正直な話、飽きるのだ。小難しい話をやられても、絵が小奇麗でも響かない。

 それでも好きで見ていられたのはもっと単純な魅力で、それっていうのが変身したキャラクター一人一人に固有の属性と能力だ。セーラームーンという作品は、漫画版はさておいて、アニメ版は戦隊物を強く踏襲していると思う。変身後の容姿こそ、主人公以外は色換えしただけのトレスだと言っていい。武器もそうだ。しかし、例えば赤いキャラは火属性、青いキャラは水属性といった、パッと見で分類できる超能力を必殺技では前面に押し出す。幼い自分に焼きついたのは、その固有のオリジナリティだ。如何に少年が個性を求めていたかが分かる。

 以降、ガンバルガーではゲキリュウガーを応援し、カクレンジャーでは鶴姫を応援する。ガンダムだってエアマックスだけを買ったし、ガオガイガーで一番好きなのは氷竜と炎竜である。量産型は嫌いで、固有のものなら変形ものが好き。しかし兎に角、ワンオフでなければならないのだ。だから、キューティーハニーFもカードキャプターさくらもふたりはプリキュアも、イマイチ燃え切らなかった。それは、キャラの姿や声は違えど、やっていることは一緒だからだ。生い立ち・性格以外にオリジナリティがないのだ。それでは画面映えしないし、私のような少年の心は掴めない。

 前置きが長くなりました。

 つまり以上のことから、私はBLEACHという作品が大好きなのです。中学時代に絵柄に惹かれ、見てもいないアニメのDVDを買いました。それがBLEACHだったのです。それから漫画を買い始めましたが、その頃は特に面白くも何ともありませんでした。好きな絵柄だなぁくらいの感想です。しかしソウルソサエティ編になってからの斬魄刀の多彩さからグイグイと引寄せられ、金銭面の関係でDVDを売ってしまった後も単行本は買い続け、今に至るまでずっとずっとファンのままなのです。それは斬魄刀のギミックだけで支えられていると言っても良く、それほどまでに好きなんですよねぇ。

 なんだって!?そのBLEACHが終わってしまう!?今章が、『最終章』…だと…!?
 そりゃあ期待せずにはいられない!だってあの作者だぜ?ゾンビパウダーで無くなく打ち切らざるを得なかった経験があるんだぜ?ツマラナイもんは描かんでしょう。

 前章終了から三週間の休載を経て、先週では予告としてネームを載せての大フューチャー!
 いよいよ今週、表紙&巻頭カラーで始まったBLEACH最終章『千年血戦篇』!!

 …少々息切れ気味ではありますが、次のページで感想を書いていきたいと思います。
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PCに不慣れな90年台生まれ
 久しぶりにブックマークを整理したら、アクセスできないサイトは元より、広告が表示されてる更新停止したサイト、移転したサイトが結構な数あって、それって殆どはノートPC持ち出した大学一年の頃にブックマークした場所で、二年でこうも変わってしまうんだなぁと感慨深くなってしまった。

 一番影響があったのはInfoseek閉鎖で、sirenの攻略サイトや好きな作家のブログだったり、とにかく何度もシークバー動かしたところが無くなってしまった。URLだけあっても仕方ないけど、消してしまったらもう思い出せなくたるのだろうから、先の自分に手掛かりくらいは残しといてやりたくてそのままにしてます。

 更新停止になったサイトも、まぁツイッター移行が大半で、どうして中々、便利なソーシャルサイトには抗えないもんだなぁと。そっちも良いけれど、起承転結ついた長文は読み終わった後に胸がすっとするから、戻ってこないかなぁなんて思うこともある。

 このPCを放置して五年も経ったとして。
 埃を払って立ち上げて、ネットに繋いでブックマーク開いて、上から順にクリックしてもどこも入れないんだと思うんだ。大手企業のサイトなんかじゃなくて、何処かの誰かが個人でやってるhtmlのサイト。midiが流れてマウスカーソルに星なんかがついてきちゃうやつ。
 それが残ってるとしたら私はいつまでもインターネット好きでいられる気がする。
 実家に小さい時からそのままで残ってる父親の本棚の漫画めくる感じに近い。
 小五くらいに初めてネットで開いたページがそうだったんだろうな。刷り込み現象的なもんだろうけど。


 何をそう、いきなりこんな時間に懐古的になってるかと言えば、やろうと思ったことがやれなくなったからですよ。無料で落とせたはずのフリーソフトがいつの間にか有料になってて(しかも高額8,000円)、機能制限された無料版のものはWin7には合わねぇし、二進も三進もいかなくなって適当に不貞腐れてたわけですわ。マジでやってらんねー。

 卒研発表近いので遅寝遅起き染みつかせると大目玉食らうの目に見えてるんです。でも六時間寝たい派としては、その時間切ったらもう睡眠欲が失せちゃって、PCいじってるわけです。あぁあ。



 そういやぁ、アパート帰ってくるときにトランク引き連れた兄ちゃんがいました。今日で講義終了したので、帰路の途中だったんでしょう。私自身、一、二、三年とまぁまぁ有意義に過ごしたつもりでしたけど、切羽詰まって駆け足までした四年生の一年間が振り返ってみりゃ一番身になってた気がします。だから兄ちゃん、大学生活ってのは大学で生活してナンボっすよ。あんま早く帰ると損しますぜ。

 友人たちのこと。春からの進路は決まってんのか決まって無いのか、そこは別に気にならないんですが、春までの生活はどうすんだろーなーと。社会人になったからって断絶されるわけじゃないんですが、学生の内にまた、遊んでおきたいなぁ、その猶予期間がこの一ヶ月だと思ってんです。

 うん。自分で読み返しても『遊びたい』ってことしか伝わんないや。マズイマズイ。
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